子どもが自らの意思で考え、判断することを尊重する塾がある。
仙台東照宮に程近い、仙台市立五城中学校に面したマンションのテナントにある「夢学館」。講師を務めるのは、森淳さん。気さくで壁を感じさせない人柄が印象的だ。
仙台一高を卒業後、東京理科大で基礎工学を学び、東京の予備校や仙台の学習塾で12年間、人気講師として活躍した。出来るだけ安価で学習環境を提供したいと考え、01年に「夢学館」を開業。
「自ら望んですることは不器用でも伸びるもの」と話す、夢学館代表の森さん
「何事も自らの意思で頑張ることが大切です。自ら望んですることは不器用でも伸びるもの。当館はそのお手伝い(コーチング)をしているだけ。実際に走るのは 受講生の一人一人なのです」と、森さんは言う。
受身の勉強から、「自らの意思で考え、判断する」能動的な学習へ、如何に導いていくのか。夢学館の取組みに迫った。
様々な授業技術が屈指された、中3授業の様子
起立と礼からはじまる「夢学館」の中3授業は1コマ90分。「この間、信号待ちをしていた時のことなんだけど・・・」授業中、森さんはあえて話を脱線させる。教え方にマニュアルはない。そして、自身の経験をアドリブで話すことにこだわる。
「赤信号なら“止まれ”がルール。でもそこに救急車がやってきたら、赤信号でも救急車に道を譲るべきではないか」。それでも動こうとしなかった車のせいで、救急車は結局通ることができなかった。「赤信号というルールにはまって、救急車に道をゆずるべき瞬時の判断ができない具体例だね。型にはまった人間は、とっさの判断でルールから外れることができない」
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中学生にとって、90分は決して短い時間ではない。「脱線」し過ぎれば、中身のない授業になる危険性もある。しかし授業は、アドリブの「脱線」を含め、テンポのよい発問、ポイントを押さえた板書。様々な授業技術が屈指されている。笑いも交えながら緊張感も失わない。
「考えるのがメインだから、90分はあっという間」「学校よりも詳しく教えてくれるから、わかりやすくて面白い」。生徒らのコメントも、授業の質に対して向けられる。「先生がわかりやすいから」と、小学生の頃から通う生徒も少なくない。
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昨今、教育界だけでなく産業界からも、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」を持つ人材が求められている。森さんは、勉強をこう位置づける。「勉強とは、知識の積み重ねだけでなく、考える力、判断する力を養ってくれるもの」。教え方にマニュアルがないのも、アドリブにこだわるのも、森さんの根底に流れるこの信念からだ。
基礎づくりの型と反復はもちろん必要。しかし「『同じ問題なら解けるけど、ちょっと変わると解けない』ではまずいよね」。ちょっとルールから外れてみるのもありだ。勉強の仕方も、教え方も然り。だから教え方にもマニュアルがない。
「考え方にマニュアルをつくってしまうと、型にはまってしまい、結局言われたとおりにしかできない子、要領が良いだけの子になってしまう。最終的に自分で考え、判断できる力がつかないと、意味がない」。アドリブは、型にはまらず瞬時に「判断する力」への自身のこだわり。「つまり、理性と瞬時の判断力のバランスが大切だ」と森さんは言う。
勉強をやらされているという感覚が潜在的にあれば、伸び方に限界がある。反対に、伸びる生徒は主体的に行動する。受身の勉強から、「自らの意思で考え、判断する」能動的な学習へ、如何に導いていくのか。その手法のひとつに、「納得」と「説得」の違いを意識した指導がある。
「自分は馬鹿だから」「記憶力がないから」。そう漏らす子どもは最近多い。そんな時、森さんは無理やり「説得」するのではなく、子ども自身が「納得」する形で、子どもの抱える壁を取り除く。
勉強ですべてを測れるわけでない。ひとつひとつの些細なやり取りが、子どもの本質を見る手がかりになる
「それは記憶力が悪いんじゃなくて、単に覚えようとしていないだけ。例えば好きな歌は、自然に覚えられるでしょ。すなわち、記憶力は正常に働いている。ただ、勉強に対して何か壁をつくっているから、覚えられないだけなんだよ」
「『納得』は主体的に自らの力でやれること、『説得』は受身でやらされているということ。『納得』してもらうということは、理屈をきちんと話してあげるということです」と森さんは話す。
理屈を話せば、常識とは別の見解が生まれることもある。「見直しがなぜ必要なのか、生徒が納得しないまま『見直ししろ』と説得するのは好きじゃない。そもそも、見直しした答えが正しいとは限らないし、1回目の答えと2回目の答えが異なれば、3回目を解く必要性が出てくる。そうなれば逆に、1回目で当てられるように日頃から練習しよう、ということになるでしょう」
「納得」と「説得」の違いを意識した指導は、子ども達が「自ら考え、判断する」ことを尊重した姿勢の一端である。
子ども達が抱える「自分はできないから」という壁。自ら抱える壁が伸びない原因となる場合も多い。能力の個人差は当然ある。しかしある一定のレベルまでは、反復練習と努力でカバーできると森さんは考える。
「1回で出来る子もいれば、10回やらないとマスターできない子もいます。そういう子は10回頑張れば1回で出来る子と同じレベルになるのです。その努力をするかしないかが差になるだけだと思います」。
しかし「伸びないから反復しろ」と言われても、本人は納得しない。「そういう時、運動に置き換えて話をするわけです」。
勉強の話を置き換えて説明する森さん
「勉強と運動の違いは、トレーニングしているものが、筋肉か脳かの違いであって、本質的には同じでしょう。どんな素晴らしいスポーツ選手でも、基礎トレーニングは欠かさないのです。反復すれば、脳みそもある程度は鍛えられます。自分で自分のこと鍛えようと思えば、みんなレベルは上がっていくのです。その上がり方に、個人差があるだけで」
森さんの置き換え話は続く。「計算問題だってさ、例えば、1日10分計算するとして、30秒で1問解くと10分で20問解ける。それを20秒で1問解けるようになると、10分間で30問解けるようになる。それを1年間、積み重ねていけば、すごい差になると思わない?」実はこれ、行きつけのラーメン屋の親父さんの持論なんだけどね、と森さんは笑う。「短縮するためには集中力が必要になるし、その積み重ねが1年間で大きな差になって出てくるのです」。
「伸びる・伸びない」はこの努力に尽きる、と森さんは強調する。
個人の意思を尊重するが、放任主義ではない。
「学習塾の使命は、成績向上と志望校合格。そこには最低限のルールも必要になってきます。課題を出すことに関しても、理屈があります。塾だけの勉強で成績が上がるのは嘘だよ、という話もきちんとします」
今年度、前回の授業内容に対する基礎確認テストの不合格者は、ペナルティとして土日フォロー講座を半強制的に受講してもらうルールを新たにつくった。自分の行動に責任を持つことを、事前に「納得」してもらった上だ。
「一見自発性から外れるようにも見えますが、ある程度のルールの中で、自分なりに工夫していくきっかけができれば良いのです。塾はあくまで、合格までのペースメーカー。実際に走るのは 受講生の一人一人なのですから」
「試行錯誤ですよ、常に。負担ばかり増えるわな(笑)」と笑う森さん
森さんは子ども達に訴えかける。「勉強とは、ものごとを筋道たてて理性的に考える訓練。勉強ができるようになることは、生きていく上で便利になるだけで、イコール偉いってことじゃない。結局勉強は、生きていくための手段の一つでしかない。そして勉強ができないのは、不便なことではあるけれど、決して恥ずかしいことではない」
メッセージは「伝える」ものではなく、「伝わる」ものでなければならない。「つまり、客観的な必然性よりも、個人的な必然性をきちんと説明して理解してもらうということ」と森さんは話す。生徒は「森先生は、自分の体験から話してくれる。それが面白いから忘れない」と話している。
何事も自らの意思で考え、判断する。森さんが発するメッセージは自身のスタンスそのもの。生徒へ自然に「伝わる」ための条件を、森さんは自然体でクリアしていた。
文責:大草芳江
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