「個別指導」にこだわる塾がある。
仙台市泉区に2教室を構える「中野塾」代表の中野正久さんは、二十数年間、東京や仙台を拠点に大手予備校と個別指導塾を同時平行で指導してきた。
学生の頃から、東京で塾講師をはじめ、東京の私立中学の受験指導、高校の受験指導を中心に10名〜30名程のクラスで指導。平行して、当時としては珍しい個別指導の塾でも教えていた。その後自分の塾を開き、1クラス4名までの個別指導塾を10数年続けた。
仙台に引越してからは、予備校、専門学校、最近は私立の学校でも指導。並行して自分の塾を仙台でもはじめ、ある時期は東京と仙台の両方で自分の塾を抱える多忙な時期を過ごした。また予備校では100人を超える生徒を大教室で教え、専門学校では、中学・高校の主要5科目以外の公務員試験の指導も行った。
仙台市泉区に2教室を構える「中野塾」代表の中野正久さん
個別指導と集団指導、両方経験した中野さんが得た結論は、「自分の性格に合うのは個別指導だと思った」。伸びる・伸びないに大きな影響を与えるのは、「生徒一人ひとりが置かれている状況までトータルに把握し理解できるかどうかではないか」
学習塾の使命は成績向上・志望校合格。しかしながら、指導を通して生徒の何を伸ばしたいのか。そこに表れるスタンスは想像以上に多様である。
中野塾が個別指導にこだわり、伸ばそうと目指すものに迫った。
予備校講師時代、中野さんが中心に思っていたことは授業の技術だった。それでやれるという自信もあった。関数なら関数、現在完了なら現在完了、電気なら電気を、テクニックとスピード感を持って教えていけば、理解はしてくる。しかし、そうしているうちに、あることに気づいた。
「なぜあの子は伸びなかったのだろう、できると思ったのに。そういう子が必ずいるのです。平行して個別指導の塾で指導していたから、予想がつくわけです」
そして理解していたとしても、「あくまで個々の分野の理解の問題で、全体としての学力が伸びているかどうかはまた別の話。さらに、人間的にも成長し大人の判断力を身に付けつつあるかどうかは、また別の次元の問題ではないか」
一方、中野塾では、急に学力が伸びてきた生徒が毎年数名出てくる。「そういう生徒を見ていると、学力だけでなく人間的にも一皮むけた、という感じがします。伸びていく『流れ』にうまく乗ってきているように見えます」
伸びていく「流れ」とは、一体何か。
「本人の意欲と努力、それをとりまく家庭や友達の人間関係、そして学校や塾での勉強の環境、の三者がうまくかみあってくると生まれてくるようです。その子の持っている性格の『流れ』と、まわりの環境の『流れ』が合ったら、その子は絶対に伸びます。数字的な成績も伸びます。それを、『流れがいい』状態と言っています」
そのためには、まわりの環境の設定の仕方が大切だと中野さんは指摘する。
「10代の子供たちが大人に育っていく中で、彼らは自身の置かれた環境とまわりの大人たちによって大きく影響を受けます。10代の子どもたちはあっという間に変ります。それは良い方向にも悪い方向にも言えます。そしてそれをうまく持っていくかどうかはまわりの大人たちの責任だと思います」
「塾の立場から勉強を教えることによって、それを実現させていく責任がある」と中野さんは言う。そのためには、その生徒のトータルな把握と理解がぜひ必要だ、と話す。
個別指導の形態を採用することで他者からの視線の「プレッシャー」を取り除く
中野塾では、一人ひとりの「今」からスタートする個別指導の授業を中軸に、生徒一人ひとりのトータルな把握と理解のため、中野塾では、年3回1時間枠の「保護者面談」を重視している。
「私から見て『保護者面談』は、その生徒の育ってきた、または今生活しているバックグラウンドを理解するうえで重要な位置を占めます。主にお母様とお話をしているうちに、その子の家での具体的なイメージが浮かび上がってきて、単に学力だけでなくその子の成長していく過程で、如何に関わっていけばいいのかの展望も見えてきます」
どんな子どもでも、多かれ少なかれ課題を抱えている。「学力はその成長に影響されながら伸びていくもの。それぞれの子には、その時その時に抱える、乗り越えるべき課題があります。はたから見てうまくやっていそうな子でも、お話をよく聞くと、本人が意識しているかいないかにかかわらず問題はいろいろあります」
集団生活の中で、他者からの視線の「プレッシャー」を無意識に感じている生徒は意外と多い。
「とにかく色々な子がいます。不登校という現象で表れている子はわかりやすいですが、一見普通に見えても、集団生活を送る上で、子どもたちはそれぞれ目に見えない壁やプレッシャーを抱えています。本当にリラックスした状態でなければ、本当の力は出てきません」
個別指導の形態を採用することで、他者からの視線の「プレッシャー」を取り除く。「僕の授業では、素直に『ここはわからない』と言ってほしい。他に同級生がいると、自分ができないことを隠したり、かっこつけたりするのかもしれない。だからここでは、素直にリラックスして、『今』の自分からスタートした勉強をして欲しいのです」
人の目や、プレッシャーが必要なときもあるという意見もあるだろう。「けれども、時にはそれに立ち向かっていく力を養い、エネルギーをためていくための場も必要なのではないでしょうか。そのことを考えると結果として伸びていくんじゃないかな。中野塾の授業は彼らにとってそういう場であってほしいと思っています」
バックグラウンドも含め、一人ひとりに個性がある。個別指導のこだわる理由がここにある。「その子にはその子のペースがあり、クセがあります。授業を進めていく上で、それを生かしながら学習内容を理解させ、指針を与えていくのが私たちの役割だと思っています」
生徒一人ひとりを見ることで、授業形式も毎年少しずつ変化していく。
「生徒一人ひとりを見ていると、なぜこの生徒はここで止まっているのだろう、そのためにはどういう形の授業をしていけばいいのだろう、と自然に考えていきます。一人ひとりを見ているけれども、考えているうちに、毎年授業の形が少しずつ変わっていくのです」
一度理解した内容を定着させるための場として、自習エリアを泉中央教室に開設
「塾での授業」と「自分の勉強」の有機的な連携を目的に、泉中央に自習室を開設。「授業以外でどのような勉強をしているのか知りたい」と、「家庭学習」と塾でのテストを直結、自分の努力とその成果がダイレクトに表れる「高校入試対策ゼミ」を実施。さらに今年度からは、中学生・高校生対象の「定期試験対策ゼミ」をはじめた。
「これらは、生徒たちにとっては単に教えられるだけでなく、それを自分で問題を解決するための力に変えていき、自分をより大きく高い位置に引き上げるための『流れ』に乗っていく過程に寄与するもの。いわばそのための『仕掛け』だと思っています」
塾の立場から勉強を教えることで、実現できることは何か。中野さんは、勉強本来の目的を「社会の中で自立して生きていけること、そのための技術と自分に対する自信をつけていくこと」と位置づける。
「勉強ができる・できないの問題ではなく、自分でどうしたいのかを考え、組み立て、壁を乗り越えていけるかが大切です。紆余曲折しながら自立した大人になっていく過程で必要なのは、自分に対する自信と、乗り越えていける本当の学力です。子どもたちそれぞれがそれぞれの道を見つけ出せるよう、本当の学力をつけ、自信をつけさせていきたいのです」
あくまで主役は子どもたちだ。「子どもたちは結局、その子なりのやり方で自分で解決して進んでいくということでしょう。私は、その自分で解決していく子たちの支えになっているだけで、援助者の立場でしかありません。しかし、その中でもできるだけ的を得た援助者であり続けたいと思います」
「教える」と「育てる」は違うと言う。「私は、『中野塾』の授業の中で教えるべきことはきちんと教え、または生徒の自分で解決できる力を育てるためにあえて待つ、という両面を大切にしていきたいと思います。それが、中学生でいえば個別指導の授業と土曜ゼミの授業の特徴だと思っています」
もちろん生徒によって、一概には言えない。「あるときは教え続け、どうしても引き上げなければいけない状況もあります。ねばり強く動き出すのを待たなければいけない生徒もいます。しかし、それぞれの生徒が今かかえている壁を越えて、育っていこうとする努力にできるだけ力を貸してあげたいと思っています」
全教科の指導に携わる中野さん
昨今子ども達の「低学力」問題が指摘されている。中野さんが日々子どもたちと接する中で、肌身で感じるのは、子ども達のある「気分」だと言う。
「ひとつは、いつも『正解』を求められることによって常に『失敗』を恐れる気持ちが生まれてしまうことです。本来なら『失敗』を重ねて『正解』にたどり着くものですが、『失敗』を恐れるあまり、一歩踏み出すことができず、『正解』を与えてくれるのを待っている傾向があります」。
二つめには「アクセクすることはない、自分なりに自分に素直にやっていけばいい」というメッセージが溢れていることだ、と中野さんは指摘する。「これは現在の日本社会の一つの成熟度を表しているといえるかもしれません。私もその通りだと思いますが、彼らにとっては、それが現在の停滞している状態に対して理由を与えているように感じることがあります」
「私はそれを否定するつもりはありませんが、その中に『勉強を楽しむ』という気持ちを持ってほしいと思うのです」。それが、自分が塾をやっている理由だ、と中野さんは言う。
「人は学びながら、新たな発見をし、成長し、それぞれの壁を乗り越えていきます。乗り越えたときに充実感を感じます。それがあるからこそ、また新しい課題に向かっていけるのです。勉強は、厳しいときもありますが、ただの苦行ではなく、また、とても楽しいとは言えませんが、静かにしみる充実感があるということを知ってほしいです」
学ぶことは一生続く。「点をとるだけの表面的な勉強しか経験したことのない人は不幸です。今の学生たちをそういう人になってほしくありません。そのためにも『勉強を楽しむ』経験を、一人一人に少しでもさせてあげたいと思っています」
しかし、今は「楽しむ勉強」ということがあまりに少ない、また、そういう経験ができるきっかけがあまりに少ないと中野さんは指摘する。「勉強は、つまらないもの、やらなければいけない義務としてしか思えなくなっているのでしょう。これはやはり大人の責任だと思うのです」
皮肉なことに、「受験勉強」というのは「勉強を楽しむ」ことを気づかせるチャンスかも知れない、と中野さんは言う。「やればやるほど自分が成長していけるという実感を味あわせてくれることが多いからです。合格、不合格が決まってしまうのは残酷だという一面ももちろん否めないのですが、その過程で行われる試行錯誤の努力と、その結果として得られる自信は大きいと思います」
現実に壁があることは確かな事実。「その現実を認識した上で、その壁を自分はどう乗り越えていくか。人に言われてからやるのではなくて、きちんと自分で努力する訓練をしなければなりません。受験はひとつのきっかけでしかありません。その子にとっての中3は1回きり。できるだけいい経験をして欲しい。ふてくされてそのまま終わってしまったという経験よりは、もうちょっと認識して、どうするかということを自分の力で考えて欲しいのです」
それを直接目の前の一人ひとりに伝えていきたい。それを具体的に一人ひとりの人格・生活の中に確実に育てていきたい。そう中野さんは話す。
勉強は「自立するきっかけ」。誰かに指示されてから受験勉強をするのでは意味がない。生徒自らがその一歩を踏み出せるよう、様々な試みを中野塾では行っている。
「受験を終えて、在塾生に一言」と題した回答用紙が、昨年度の大学受験生、高校受験生から、在塾生へ贈られた。回答用紙には、合格した高校名、大学名は記入されていない。
「できる・できない関係なく、どうやって受験勉強に本気で入っていったのか、生の声が欲しかったのです。立場が同じ人が言うのでは、それが例え間違っていても考える素になると思います。今度の受験生たちが、考えることを変えたら正解かな」。
「その子の『流れ』の中で、受験とどう向き合うのか、真剣に考えて、やればいいだけ。自分はどうするんだと考えてくれればいい。無理やりその子の『流れ』から外れた形では、受験勉強をさせたくない」と中野さんは話す。
「大人の顔色を窺うばかりで『間違ってもいいから、とにかくやってみよう』ということができなくなっている。誰かに指示されるから勉強をするというのでは、将来、外から何も与えられなくなったときに、自分が何をしたらよいのかがわからなくなってしまう。嫌々やったけど合格して感謝、という話はよく聞く話だけども、子どもの自立を考えると、それではいい影響を与えないと思います」
その子なりの成長の「流れ」に乗っていなければ意味がない。そう中野さんは繰り返す。
「小・中学生の間に必ず経験しておかなければいけないのは、『自分でもけっこうやれる』という自信につながる経験だと思います。そして、これは勉強のことだけではなく、すべての基礎になるものでしょう。ところが、最近の子供たちの傾向は、そういうことを体験する機会に躊躇してしまい、前に踏み出せないでいる状況をよく見ます。おそらく『失敗したくない』という気持ち、その場面・場面でいえば『間違えたくない』という気持ちが先行して、一歩踏み出せないのだと思います」
そこで、子どもを育てる側は、彼らの背中を「ちょん」と押してやる必要があると中野さんは指摘する。「前に立ってあからさまに引っ張るという方法もありますが、それは緊急時のやむを得ない状況でのことで、普段はさりげなく背中を少しだけ押してやることの積み重ねが、子供たちの自立につながっていくと思います」
「例えば勉強でいえば、『少し努力したら成績が少し上がった』という単純な成功例を積み重ねていくことが、自分に対する自信につながり、飛行機が地上を滑走している段階から離陸していく段階へと飛躍していくのだと思います。つまり、自分で方向を定めて自力で飛べる段階へと移っていくのです」
特に中学生の頃は、その離陸していく直前の、自信を深めていく段階として重要な時期。「そのためには私たちは彼らにさりげなく『一歩踏み出させる』機会をたくさん用意し、いつも背中を「ちょん」「ちょん」と押してやっているような毎日だと思います。中野塾の授業理念も、私を含めた教師たちの日々の授業も、そのような考え方で毎日生徒たちに接していきたいと思っております」
「最終的には、人間的にも成長し大人の判断力を身に付けて欲しい」と話す中野さん
最終的には、人間的にも成長し大人の判断力を身に付けて欲しい、と中野さんは言う。
「『流れがいい』状態、そういう風に自分で自分を理解するのがひとつ大切なこと。出発点だと思います。納得した上で、やっていくという、そういう訓練をしないと、全うな人間になれません」
相手にしている子ども達は未熟な10代。「いろんなことで潰れてしまう。だからできるだけいい設定をしてあげて、いいところを伸ばして、大人になる準備をして欲しいと思う。大人とは、自分で判断していけると言うことです
僕が塾をやっているのは、その点だよね。もうちょっとまわりがうまく設定してあげれば、もっと伸びるのに。放っておいてもうまくやる子はいるよ。そういう子は、『この科目をこうやったら』くらいの提案で済むのです。
でも本当にいろいろな性格な子がいます。今置かれている環境が合わないために、いわゆる損をしている子達がいます。多かれ少なかれ、皆抱えているのですけどね。
例えば、うちの塾には、できる子達もいるけど、学校や普通の塾では、お客様みたいになっている子達も多いと思います。そういう子たちが、うちに来て、そのまま定着しています。できない子たちを、皆ぞんざいに扱うじゃない。できないのはできない事実としてそうなのだけど、自分はそういう人間なのか、と思ってしまったらあまりにも可愛そうです。
でも、こういうことを言い出したのは、実は最近です。予備校講師時代、中心に思っていたことは技術。それでやれるという自信もありました。それはそれでいいのだけど、だんだん基にある、その子自身の置かれている環境、どういう『流れ』の中でその子がいるのかという方が、伸びるか伸びないかに、大きな影響があることがわかってきました。
結果的には、昔からやっていることは同じなのかもしれないけれども。ひとつどうやったら、成績が上がるのだろうか。勉強したら伸びるだろう、うまい教え方すれば伸びるだろう、それも一理あります。
けれども、その子の『流れ』がどうあるかが見えた中で、その子にとって、最善のものを用意したいと思うのです。生徒一人ひとりを見ていくうちに、この子なんとかできないかな、それだと個別の授業だけでは駄目だ、じゃあ別の形の授業もつくってみよう、そういうことをやっています。生徒一人からスタートして、授業の形を変えていきます。そういえば、この子もそうだね、と自然となっていくのです。
結局、やっぱり単純なんだ。目の前にいる生徒たちが、いろんな意味で壁があって、うまくいっていない。ひとつのきっかけが、勉強。ぼくができるんだったら、ぼくがやってあげようか、ということなんだね。
その子の本当のところ、どういう状況になっているか、まるごと知りたいのです。その子がどうしたら良いのか、かえって悪い方向にいかせたくないから。そのためには、高圧的な態度では、生徒は何も言わないよね。別にそれは僕に対して言わなくても良いんだ。ここに来て、友達としゃべっている、そんな雰囲気でいい。僕はそれを聞いて、あぁそっか、と思う。そういう雰囲気が欲しいのです」
「そこに子どもがいて困っている。じゃあこうしたらいいんじゃない、たまたま僕知っているし。そっちちがうよ、こっちの方が良いんじゃない。そんな感じだよね」。さらりと中野さんは言ってのける。
中野塾が個別指導にこだわる理由。それは、子どもの個の存在を認め、個性を潰すことなく、子ども自らが壁を乗り越え、自らの道を歩み始める第一歩を信じ続ける、一途な姿勢だった。
文責:大草芳江