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2011年5月24日

震災報告「このブログを見ている全ての方へ」No.30

カテゴリ:もりTの日記

地震当日のもりTは何してたの?という質問があったので回想してみます。

3月12日(土)

5:00頃 起床。
    全てのライフラインが止まっていることを確認。
    危険回避のため、安全確認ができるまで土足で動くことをルール確認。
    ラジオで被害状況の情報収集。
    「想像以上に被害は大きいらしい」

6:00頃 朝食。
    お菓子として買っていたホームパイ、クッキーを食べる。
    この時、電気を使わないストーブを購入していなかったことを後悔する。
    (前々から購入しようと話し合っていたのに痛恨のミス)

7:00頃 室内の片付け開始。
    まずは危険な食器類の片付け。
    余震に気をつけながらの作業。
    いつでも外に逃げ出せるように1階サッシ脇に寝床を確保する。

10:00頃 お隣のお母さんから「これ使いな」
     と電気不要の石油ストーブを持ってきて頂く。
     お言葉に甘えて拝借する。

     冷蔵庫の中身、在庫の食料を確認。
    「うまくやり繰りすれば10日くらいは持つだろう」

     車のガソリンが5目盛りしか無い!
     車の移動は緊急時のみの使用とし、
     それ以外は携帯の充電用に使うことにする。

12:00頃 昼食
     拝借した石油ストーブで食パンを焼いて食す。

午後   近所の被害状況の確認のため自転車で出かける
     目だった建物被害はナシ。
     ところが10分進んだところで状況は一変。
     磯の香りが立ち込め、一面水浸し。。。
     「海水か?」
     そのまま自転車を進める。
     凄惨極まりない光景。
     自宅からわずか1キロ少々の地点。
     津波がギリギリまで来ていたことを実感する。
     産業道路は壊滅状態、、、
     あまりの悲惨な状況に耐えられず、引き返す。

     帰りは七北田川堤防を通る。
     水位が高い。
     河川敷が水浸し、、、「ここも津波が上がったのか?」
     よく見ると3mほど水位上昇の痕跡あり。
     河口から8km地点でこの状況、、、
     河口付近が相当の被害が出ていることは容易に想像できた。

16:00頃 帰宅
     ほどなく福島原発が深刻な状況にあることをラジオで確認。
     散乱した書籍類の中から地図を取り出し、自宅の位置確認。
     福島第二原発から自宅までおよそ90km超。
     「状況によっては避難か?」
     地図で北に向かうルートを確認しておく。
     最悪のシナリオにならないことを祈りながらラジオに聞き入る。

17:00頃 夕食の準備、17:30くらいには暗くなってくる。
     じゃがバター、白菜と豚肉の蒸し物、
     限りある灯油のため、ストーブの使用は朝、晩のみ

18:30頃 消灯

     
    





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